2009年10月30日 (金)

木村秋則さん著作:すべては宇宙の采配-おすすめの本

「奇跡のりんご」で名をはせている木村秋則さんの著作である。読み始めからすぐに「この本はそこらにゴロゴロしている啓発本の類とははっきりと一線を画す、不思議な現実世界の体験を語った、途方もない本である」という手応えがあった。
 それまで木村さんについて私が持っていた知識は、テレビや新聞などから得たもので、大変な辛苦と精緻な実験を経てりんごの無農薬栽培に成功した人、といったところだった。(正確には木村さんの農法は無農薬はもちろん肥料も与えない自然栽培)私自身若い頃から無農薬には強い関心があり、本を読んだり実際に栽培グループに関わったりした経験があるので、木村さんには親しみを感じてはいた。しかし、近年徐々にオーガニックなどという言葉も広まり、無農薬栽培の米や野菜が出回る世の中になったことで、「奇跡のりんご」の話をことさら読んでみようという気にはならなかったのである。
 しかし、この人は完全に超越した人だった。「そうかそういう人だったのか」。これがこの本を読んでまずわかったことだ。幽霊は見るUFOは見る、見るばかりでなく宇宙人に遭遇し、挙げ句の果てはUFOの中に連れ込まれ、お土産までもらって帰ってきた人なのだった。そればかりかあの世にも行って帰ってきている。
 こういう話は幼い頃から大好きで、手当たり次第に読んできたので、ちょっとやそっとでは驚かない体質になっている。それが今回ばかりは参りました。ここに書かれていることは、いわゆる世間に定着した不思議話とは違う。同時にこれは木村さんの創作ではない。なぜなら、流行作家レベルの創作や想像では語ることのできないものだと思えるからだ。また、第三者からの驚愕的な証明があるところが、ほとんど怖さを覚える。
 私が興味を惹かれた話のひとつを紹介させて頂こう。木村さんが高校2年の時のこと。自転車での下校時、道の反対側前方を歩いているつなぎにハチマキのオジサンが片足を挙げたまま静止してしまった。全身微動だにしない。オジサンどうしたのと思っていると、木村さんの左側に伸びる防風林の上に、「いきなり巨大なワニの親分みたいな顔がドテッと現れた」目はまだ現れず、口もとからは人間の太ももほどもある太いヒゲがウニョウニョと動いている。オジサンは相変わらず静止したままだ。やがて現れた全貌はまさしく龍である。遠くの松の枝にしっぽの先端を引っかける形で空に向かって伸びている。そして空の彼方へ一直線に飛んでいった。そのとき木村さんがオジサンを見ると、何ごともなかったように歩き出した。木村さんは思った。そのとき時間は止まっていたのだと。人間が感じている時間と、そうではない時間があり、その中間点に居たのではないかと。この話の最後に木村さんは明かしている。龍が現れたとき、木村さんに龍がある言葉を教え、その言葉は誰にも話してはならないと言われたという。
  この話に私はとても深いものを感じる。単に龍に会った話ではない。今私が居るところに、今感じている時間とは別の時間が流れていて、そこでは思いも寄らない世界が繰り広げられているということを教えてくれている。想像上の動物と思われていた龍をはじめ、鳳凰や麒麟といったものも実際に昔の人々が木村さんのように目撃したり、交流したりして伝えられたものではないかと思われるのだ。したがって、仏や菩薩、神々の世界もまたそちらの時間によって存在していると思ってもよいだろう。
 いったい我々を取り巻く目に見えない世界はどんなふうに構成されているのか、今まで抱いていた世界観ではとうてい計り知ることはできないと思い知らされた本だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月22日 (水)

水の中の日食

 本日7月22日は46年ぶりに日本で皆既日食が観られるとずいぶん前から話題になっていた。こちらでは部分日食ということで見られたらいいなぐらいの気持ちでいた。雨上がりの朝を迎え、雲の厚い空にはお日様の影も形も見あたらない。ちょうど家にいられたのにと残念がっていると、11時近くになって雲が切れ始め、肉眼でくっきりと三日月形の太陽の姿をとらえることが出来た。
 ほとんど諦めていたので、思わず心が躍る。欠けた太陽というものがこれほど神秘的だとは想像の外だった。皆既日食の地域ではどれほど感動的だろう。瞬く間に昼から夜へ、夜から昼へと、辺りの光景が移り変わるのだから。
 肉眼で見るというのは雲を通していてもさすがに眩しく、継続して見ていることが出来ない。そのときふと手水鉢に目をやると、雨水に太陽が映っているではないか。それもじかに見るより楽に観ていられる。流れ続ける雲の中で欠けた太陽が風で揺らめく。水の中に宇宙と気象の作り出す不思議な光景が展開されていく。久しぶりで時の経つのを忘れて見入ってしまった。こんな風に日食を楽しむことが出来たことを感謝しないわけにはいかない。Nisshoku_2009

(写真)手水鉢の縁に溜まった水に映る日食

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月12日 (日)

ヤナーチェク、シンフォニエッタをLPで聴く

 1Q84の1と2を手に入れた。同書は発売当初からの異例の売れ行きで話題になったが、その波及効果のように、冒頭部タクシーの中に流れていたとされる、ヤナーチェクのシンフォニエッタまでが売れているという。ヤナーチェクという名前だけは聞いたことがあったが、どんな曲を書いた人なのかまったく知らない。しかしシンフォニエッタという題名に魅力を感じ聴いてみたくなった。
 もしかしたら父が持っていたかも知れないと思い、調べてみるとCDはなかったが、LPレコードの中にあった。1977購入のものだった。ズデニエック・コシュラー指揮、チェコフィルハーモニー管弦楽団演奏のシンフォニエッタならびにタラス・ブーリバというアルバムであった。
 もう何年もLPレコードからは遠ざかっている。トーレンスのレコードプレーヤーを開けてみると、ターンテーブルの周りの金属面が独特のくすみを帯びていた。時が過ぎるというのはこういうことかと思い、なんとなく恐ろしいような寂しいような気持ちになってしまった。
 それよりも作動するのかどうかが問題だった。もし、トーレンスがダメならもう一台を使うつもりでスイッチを入れたところ、そろりそろりと回転を始めた。こんなに遅くていいのかと不安混じりで回転速度を確認していると、少しずつ速度を増し安定状態に達した。
 針を落とすとサーという懐かしい摩擦音が聞こえ始め、間もなく耳に届いたのは柔らかい管楽器の音色だった。今まであまり聴いたことのない不思議な旋律だった。音楽的なところはわからないが心持ち不協和なところが心地よい。アルバムの解説文に「遠心的」ということばが用いられていた。ソナタ形式に則っている多くのクラシック音楽が「求心的」であるのと対照的だということらしい。
 聴いてみても私には具体的に把握できないが、村上春樹はこの曲によって何を意図しているのだろうか?実はまだ小説を読んでいないので今後の楽しみということになる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月24日 (水)

アスパラ壊滅的

 アスパラが不作というより、まったく出てこない。春の出始めから数えて、食べた本数は二十本にも満たないだろう。去年はピーク時には一日で五十本ほどもとれて、近所にまで配ったりしたほどだ。
 種から育てて、今年が四年目になるので、さぞかし太いヤツがニョキニョキ現れることだろうと期待していたら、がっかりだ。
 どうなってるのかと思っていたら、原因がわかった。去年、調子に乗って出るたびに取って食べていたのが悪かったのだ。
 アスパラの収穫はせいぜい6月いっぱいで打ち切り、後は株を太らせるため伸ばしておくのが正しいやり方だそうだ。
 後から後から出てくるので、必ず取り残しはある。それが伸びていれば大丈夫だろうと素人判断していたのが悪かったらしい。完全に消えてしまった部分もあり、我が身の無知を嘆く毎日だ。スーパーでアスパラを買うときには、悔しい思いにさいなまれる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月24日 (水)

解雇労働者に雪国から救済策を

 この度の、想像を絶する景気後退により、住むところを失った労働者の方々が増加している。毎日、悲惨な状況が報じられている中で、政府、政治家たちは責任のなすり合いばかりで、無策を極めている。
 日本という国に対して、絶望的な気持ちが湧いてくるが、少し明るい動きも見えている。それは、各自治体が精力的に動き、地元に眠る住居や、働き口を探し出し、提供をはじめていることだ。
 本来国がやるべきことを、身を削るようにして、人助けに動き始めたことは、まだ、日本も捨てたものではないという気になる。
 住むところといえば、各地に高齢化による数多くの空き家が存在している。特に山間の農村部に多い。そのように考えていて思いついたことがある。北陸の豪雪地帯に暮らす知人によると、若手のいない老人世帯では、冬の雪下ろしが苦労の種だという。確かに毎年、必ず雪下ろしによる事故で亡くなるお年寄りが後を絶たない。
 そこで、行き場を失った解雇労働者に、住居を提供するかわりに、雪下ろしをしてもらうというのはどうだろうか。それを村役場などの自治体が組織して運営すれば、両者にとって、冬を上手く越すことができる。
 農村部には、米や野菜はある。賃金は払えなくても、生活はできるはずだ。そして、ゆくゆくはそこに根付いてもらい、耕作放棄地になりかけた田畑を復活させる労働力になれば実にありがたい。
 今後間違いなく食糧難の時代が訪れる。作物を作ることにより、日本の食糧自給率も上げることができ、国土の荒廃も防ぐことができる。よいことずくめに思われるのだが、政治家たちは、ビジョンもなく、ひたすら我が身の政治家生命の存続だけを至上命題に、日本を食いつぶそうとしている。
 こうなったら、職を失った者たち、弱者たちが集結して、過疎地に入り込むしかないと思うがいかが。笑う無かれ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月 6日 (土)

レモンの木と雀たち

 またまた我が家のレモンの木について。今まで気がつかなかったのだが、どうやらレモンの木は雀たちのねぐらになっているらしい。
 以前から日が落ちる頃になるとやたらと雀たちが飛来して、騒がしいことには気がついていたのだが、せいぜい夕食にでも来たのかというぐらいに思っていた。そばにはナナカマドと山椒も育っていたのでそれらにたかる虫をあさっているかと想像していた。
 それが日が暮れてからたまたまレモンのそばを通りかかったとき、少し後れるように数羽の雀が、あわてて飛び立っていったので不思議に思った。それも一度だけでなく、二度三度とあったのでついに、雀はレモンの木をねぐらにしていると確信できたのであった。飛び立つタイミングが遅れるのは、そこに落ち着いてしまっていたからだろう。飛来してくる数からすると、もっと多くの雀が隠れているような気もする。
 そんなことがわかったら、なんだかとても幸せな気持ちになってきた。レモンの木は家の裏口のドアのすぐ脇にあり、出入りするときには常に頭がかすめる。また、すぐ下には柴犬の〝てん〟もいる。そんな環境でも、ねぐらにしてくれるのかと思うと嬉しいものだ。
 そして、一昨年辺りまでは、葉が茂るたびにアゲハの幼虫たちに食べられていたレモンの葉が、去年今年とほとんど食われていないことに思い当たった。アゲハはよくレモンに飛んでくるが、幼虫がいないので不思議に思っていたのだ。幼虫は雀たちの格好の朝飯になっているのかも知れない。雀とレモンの木に、相互扶助の関係ができあがっているようで楽しい。
 そればかりか想像までが広がってくる。こんな寒い地方に育つレモンなので、冬が終わる頃には葉の半分近くがチリヂリになって落ちてしまうのだが、雀たちがねぐらにしてくれると、彼らの温もりでレモンも暖かい冬を過ごせるのではないかと期待してしまうのである。
 初夏の頃、親指の先ほどだったレモンも、今では一人前の大きさに近づいてきた。もうすぐ収穫だと思うと嬉しくなってくる今日この頃である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月19日 (火)

蓮の葉の不思議な現象

 蓮の花が見頃というので、近所の公園へ行ってみた。半径二十メートルほどの池には、緑の大団扇を連想させる蓮の葉があふれかえっていた。ちょうど時期がよく、生い茂る葉を押し止めるようにたくさんの桃色の花が咲き誇っている。
 極楽に来たような気分でほとりを歩いていたら、一枚の葉に目を疑うような現象が起きていた。大皿ほどの葉の中心部に今朝方まで降っていた雨の名残らしき盃一杯ほどの水がたまっていたのだが、その水のかたまりがブクブク、ブクブクと泡立っているのだ。どう見ても目の錯覚ではない。絶え間なく泡が立っている。まるで沸騰しているようだ。それはどうも葉の中心から何かの気体が連続して漏れだしているとしか思えない。
 たしか最近耳にした知識だが、蓮の茎はストロー状になっているという。それで葉の上に酒などを入れ、茎の先に口を付けて吸って飲むことができるというのだ。その反対の原理で、茎を通じて何かの気体が押し出されてきているのが、葉の真ん中に溜まった水でブクブクと見ることができているのだろう。
 原理としてはいいのだが、その周辺の葉を見てもどれ一枚としてそんな現象を起こしているのは見ることができない。たとえ水は溜まっていても、皆、静かにとどまっているばかりだ。他に何千、何万の葉があるだろうが、どうも見る限りその一枚だけが不思議な現象を見せているのだ。
 デジカメを持ってくるのをうっかり忘れてしまったことが悔やまれてならない。動画でとっておけば面白かったのだが。しかし、この映像は目に焼き付いている。今後蓮を見に行くときには注意してみてみたいものだ。果たしてこの現象には再会できるのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月 7日 (土)

レモン栽培(雌花と雄花)

Resize0123  久しぶりの更新だ。春になったら庭や畑の仕事が忙しく、ブログそっちのけになってしまっていた。
 でも、今朝、庭に出ようと、裏口のドアを開けたらレモンの花の甘い香りが鼻をくすぐり、更新する気になったというわけである。
 もう一月ほど前から大量のつぼみが付いて、開花に期待をふくらませていた。ようやくここ数日で三割ほどのはなが咲き、カメラに収めるのに丁度いい具合になりブログ更新にこぎ着けられた。
 去年は花は咲いたもののすべて雄花だったので結実ゼロだった。結実するようになって3年目だったので、とてもがっかりした。
 ところが今年は雄花だけでなく雌花もかなりあるようで、咲き終わったものを見ただけでも10個ほどは雌花である。
 レモンを育て始めてどのように結実するのか、不安に思っている方々に、情報提供がしたくてこれを書いている。実は私も7年ほど前そんな状況だった。
 レモンには雌花と雄花があるというのは調べてわかったのだが、どれが雌花でどれが雄花か全くわからず、気をもんでいた記憶がある。結局初めの頃は雄花だけで雌花は着かなかったのでわかりようがなかったのだが。
 そこで、ここにレモンのつぼみと雌花雄花を紹介したい。つぼみの段階では私には判別着かない。
 どうぞこの写真で参考にして頂けたら幸いだ。
これは雌花、真ん中にあるのがめしべResize0120 

これは花びらの散った雌花。めしべの元の方がふくらんで結実へと向かう。

Resize0121

これは咲きかけの雄花

Resize0122

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年3月28日 (金)

トサミズキの花の写真

 トサミズキの花が咲いた。植えてから7年ほどになるのにどうもこの花を目にした記憶がないのが不思議でならない。だいぶぼけてきているらしい。
  それにしてもこれほど可愛く、楽しげな花だとは新鮮な驚きだ。

(写真をクリックするとかわいさがもっとわかります。)

Resize0114 Resize0115 Resize0116

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月23日 (土)

世界一美しい旋律のアヴェ・マリア

 2007年12月のフィギュアスケート日本選手権の女子エキシビションで素晴らしい曲に出会った。それはショパンの作品10-3 ホ長調(別れの曲)を歌曲にしたものだ。知らない人はいないと思われるほどの名曲だが、ソプラノで聞いたのは初めてだった。

 演技者は浅田真央さん。ほんのさわりだけの演技だったので、流れた曲もさわりだけ。そこはかとない哀感を漂わせつつ感情の高まりが表現されていて、心に焼き付いて離れなかった。どうしても聞き込みたかったので、ネットで検索したところ、歌っていたのはレスリー・ギャレット(Lesley Garrett)というイギリスのソプラノ歌手だった。曲名は「So Deep Is The Night」という題名になっていた。レーベルはEMIだ。
 早速HMV経由で届いた3枚組アルバム「Lesley Garrett Platinum Collection 」を聴いたところ、驚くべきことがわかった。最初はまったくの欠陥商品かと思ったほどだ。まずdisc2の16曲目「So Deep Is The Night」を選択して再生しようとしてみたのだが、16曲目が表示されない。これはいったい何ごとかと思い、3枚をとっかえひっかえ16曲目を探し、やっとdisc3になって、あの旋律が流れてきた。

 パソコンで表示させて全容が判明した。ことは単純だった。単純だが考えられない商品だということがわかった。
 つまり、「ディスクのラベルと中身が食い違っていた」ということだ。
 念のため書いておくと、
disc1は実際の中身はdisc3
disc2は実際の中身はdisc1
disc3は実際の中身はdisc2
なのだった。
 こんなことってあるのだろうか?それとも3枚組みにしては破格の安さからすると、海賊版なのだろうか?だが、HMV経由で買っているのだからそんなことはあり得ないとも思う。
 欠陥商品かも知れないが、中身は問題なし。マグロの缶詰かと思って開けたらカツオだったという感じだろうか。実際聴くときには相当ややっこしい。

 肝心の音楽だが、購入して心からよかったと思っている。まずレスリー・ギャレットの歌声がいい。透明感のある声は発生される直前の無というようなものを強く感じさせ、今いる空間を全く別の空間に変えてしまう力を持っている。
 曲も何曲かは自分の中で相当上のランクに入るものがあった。中でもトルガ・カシフ作曲の「アヴェ・マリア」は特筆したい曲だ。disc2と3両方に入っているが、3の方は合唱付きといった感じの相当ドラマチックな編曲になっている。アヴェ・マリアには名曲が多く、3大アヴェ・マリアという分類もあるようだが、このアヴェ・マリアはたぶん世界で最も美しい旋律を持つアヴェ・マリアだと言えると思う。疑わしく思われる方は是非一度聴いてみられるといい。聴いたが最後、その旋律は耳から離れなくなってしまう魔力のようなものを持っている。作曲者Tolga Kashifはトルコ生まれの指揮者兼作曲家だ。レスリー・ギャレットの英国王立音楽院での後輩に当たるらしい。2002年発表のクイーンシンフォニーという曲でイギリスクラシック賞?を取っている。
 この「Lesley Garrett Platinum Collection 」は、他にも名曲を取りそろえた実にお買い得なアルバムだ。

 また、「浅田舞&真央 スケーティング・ミュージック」も「So Deep Is The Night」をはじめ「幻想即興曲」など浅田真央選手の使用曲を納めた、魅力的なアルバムとしてお勧めしたい。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

«パイプクリーナー